国際キワニス日本地区

The Japan District of Kiwanis International

ご挨拶

国際キワニス日本地区

2011-2012ガバナー 齋藤 蓊

 2011年3月11日、その日わがキワニス日本地区の会員、家族からなるデレゲーション55名はマレーシアのマラッカの地におりました。この年のASPAC(アジア太平洋)マラッカ大会の開会式を目前に控えていたのです。会場のエクアトリアル・ホテルではNHKの国際放送が1時間の時差でそのまま見られ、その時テレビ画面に映し出された信じ難い光景に私達は釘付けになり、呆然と立ちすくむばかりでした。いよいよ開会式の時刻が迫って会場に向かうと事情を知った各国の参加者が寄って来て口々に慰めや励ましの言葉をかけてくれるのですが、正直、気もそぞろ。なにしろ国際電話が一向にかからない状態だったのです。

 その夕方のウェルカム・パーティの席上、同じテーブルのマレーシアのご同役、キョン次期ガバナーが寄って来て何事か耳元で囁きました。「大変だな。でも心配はいらない。ここにも700人の仲間がいるんだから」と。励ましの言葉とばかり思っていたところ、やおら主催者のマレーシア、そして台湾の代表が交々壇上に登って、日本への募金の呼びかけを始めたのです。ニュージーランドの代表も「先月のクライスト・チャーチの地震の際、真っ先に支援の声をかけてくれたのは実は日本地区だった」と紹介し、支持を表明。すぐさまダンボール箱に丸く穴を開けた募金箱が会場を巡り、ポケット・マネーから心の籠った浄財が集まりました。今にして思うと、これこそは今回の震災で日本が海外から受け取った募金第1号だったに違いありません。そこにあったのは、間違いなく、長年の連帯を通じて培われたキワニス仲間の強い絆であり、そして日本と言う国そのものへの厚い信頼と励ましの心情であることをヒシヒシと感じていました。

 その後、義捐金が国内外のキワニアン、クラブから続々と寄せられていますが、我々日本地区はそのお気持ちを確りと受けとめ、これに確りと報いるため、被災地のキワニス・クラブ共同の「子ども基金」を設けて、YCPO(子ども最優先)を掲げるキワニスに相応しい事業に責任を持って役立てて参りたいと考えています。

  この東日本大震災は、やり場の無い不条理と耐え難い困難をつきつけて来ましたが、その深い悲しみの中から人々が雄雄しくも立ち上がり、人と人との絆のかけ替えの無さに目覚め、互いを気遣い、互いに支え合おうとする気運が、現地から、そして国中に生まれつつあることは殊の外心強い思いがあります。それと言うのも、かねて日本人が一番大切にしてきた家族や地域と言う社会の基盤、つまり人と人の絆が綻び始めている現実があるからです。つまり物の豊かさの反面、心の貧しさ、自己中心的な風潮が次第に蔓延し、遂には無縁社会とか児童虐待などと呼ばれる由々しい事態が顕在化し始めました。多くの人々が内心これではいけないと感じ、事ある毎に識者が警鐘を鳴らして来たにもかかわらず一向に歯止めが掛からない状況になって来たからです。ただこうした背景には、世界の先頭を切って進む少子化、小家族化、都市集中と言った人口・社会構造の変化が絡んでおり、これには国を挙げての息長い取り組みの覚悟が必要ですが、YCPOを掲げ、未来を担うべき子ども達の支援に取り組むキワニスのミッションは、この時代、極めて意味深いものがあり、今こそその出番だと考えています。

 キワニスの取り組んでいる活動にはキワニス・ドール・プロジェクトを始め、児童虐待防止、子育て支援、青少年のボランティア活動支援などがありますが、何れも翻って考えれば社会の絆を一つひとつ紡ぎ、紡ぎ直す営みに他なりません。その取り組みは海を越えた世界的な連帯へとつながります。大成功を収めた前回のIDD(ヨード欠乏症児童救済)プロジェクトに続いて今回もELIMINATE(破傷風犠牲母子の撲滅)プロジェクトを国際キワニスとユニセフの共同でキック・オフさせました。

 そして、こうした活動を支えるキワニス組織の強化、拡大、即ちキワニスの仲間づくりもそれ自体が絆づくりなのです。伝統的な企業人中心の広域クラブを中心としつつ、キワニスのウィングは、家庭や地域に、そして主婦や学生層、熟年層へと、多様な形、幅広い世代をつないで成長を遂げています。

 キワニスは、その築き上げて来た伝統、実績を受け継ぎつつ、直面する時代の大きな変化、社会ニーズの多様化を確り捉えて足元を固め、持てる力量をフルに発揮して取り組むべき時を迎えているのです。

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