キワニス社会公益賞とは
<目的>
当クラブの社会奉仕団体としての機能を一層発揮するため 秋の全日本合同「日本キワニス文化賞」受賞者の顕彰に対比するものとして 昭和41年度に制定 その趣旨は社会公益のために世間に知られず 酬いられることも少なく 永い間献身的労苦を続けている人達を広く探し求め 毎年1件ずつ選んで賞を贈り その功績に敬意を表するとともに その尊い存在を世間に紹介しようとするものである。又 これを契機として 社会福祉対策が政府においても 民間においても積極的に取り上げられ 満足な施策が講ぜられるよう出来る限りの運動を展開しようとするものである。
<選考基準>
一口に社会公益と言っても その範囲は極めて広く 賞実施の基準や方法を定めることが極めて難しいので 当初授賞範囲を心身障害者対策に特に功績のあった施設の長に限定したが 第5回よりその選考範囲を広く社会福祉一般にまで広げ 同一施設に概ね10年以上勤務する者で 施設の長よりむしろ従業者に選考のウエイトがおかれている。 なお 各クラブの選考地域が決められており 東京クラブのそれは 東京・栃木・茨城・群馬・長野となっている。
授賞対象の選考については 東京クラブ社会公益委員会において 従来の基本方針を協議 決定し 具体的先行に当たっては 先行の適正を期し 賞の権威を高めるため部内専門家のほか 部外の学識経験者に選考を委嘱 「キワニス社会公益賞」選考委員会を設置している。
≪「キワニス社会公益賞」歴代受賞者≫
第 1回 昭和41 彦根学園園長 西原正則 (重度盲精薄)
第 2回 昭和42 秋津療育園理事長 草野熊吉 (重症心身障害)
第 3回 昭和43 多摩藤倉学園園長 川田はな (精薄)
第 4回 昭和44 日本聾話学校校長 大嶋 功 (聾)
第 5回 昭和45 島田療育園総婦長 中沢千代子 (重症心身障害)
第 6回 昭和46 浴風園寮母 菅谷キヨ (養護老人ホーム)
第 7回 昭和47 本木隣保館主任 種田あい (セツルメント)
第 8回 昭和48 ベテスダ奉仕女母の家 いづみ寮指導員・奉仕女天羽道子 ( 婦人保護)
第 9回 昭和49 宇都宮地区BBS 会 ( ともだち活動)
第10回 昭和50 健康普及会会長 及川裸観 (にこにこ裸運動)
第11回 昭和51 第二聖明園園長 本間昭雄 (盲老人ホーム)
第12回 昭和52 小田原少年園補導主任 横川積治 (更生保護)
昭和53 小田原少年園火災見舞いのため見送り
第13回 昭和54 日本盲人職能開発センター常務理事 松井新二郎 (盲人の録音タイプ速記)
第14回 昭和55 よこいとグループ (在宅障害児へのボランティア活動)
第15回 昭和56 「香蘭」店主林 景東 (精薄児雇用促)
第16回 昭和57 東京ヘレンケラー協会点字出版局長 井口 淳 (盲人福祉)
第17回 昭和58 本所ベタニヤ母子寮長 長畦すめる (母子福祉)
第18回 昭和59 ( 社福) 日本キリスト教奉仕団アガペ身体障害者作業所センター所長 武間謙太郎 ( 重度障害者授産)
第19回 昭和60 城北福祉センター健康相談室医師 楫取正彦 (長年にわたるボランティア、山谷の医療福祉活動)
第20回 昭和61 タカラクラブ会長 澁沢歌多子 ( 長年にわたるボランティア、福祉活動)
第21回 昭和62 手話通訳 飯塚千代子 (聴覚障害者の福祉に寄与 手話の発展に貢献)
第22回 昭和63 映画のおじさん 岡本勝美 (長年にわたるボランティア活動、地域福祉に貢献)
第23回 昭和64 少年補導委託 秋田葉津枝 (夫を助け1200名の非行少女を善導)
第24回 平成 2 在宅重症心身障害児訪問 関 敏子 (保健婦として 標記事業のパイオニアとして貢献
同時に後輩の指導にもあたり模範的存在)
第25回 平成 3 身障者自立運動 渡辺啓二他2 ( 自ら障害を持ちながらヒューマンケアセンターを設立
障害者を含む弱者の自立に多大に貢献)
第26回 平成 4 精神障害者社会復帰施設 やどかりの里
第27回 平成 5 精神障害者社会復帰 「JHI 板橋」 板橋区心の健康と福祉を守る会
第28回 平成 6 ( キワニス社会公益・国際貢献賞) マザーランドアカディミー(命の大切さを身をもって子供に伝える)
減反田を使って米を作り飢餓のアフリカに送り続けている。)
第29回 平成 7 社会福祉関係者兵庫県南部地震救援合同対策本部
阪神・淡路大震災社会福祉復興本部・ボランティア活動
第30回 平成 8 関東地区病院ボランティアの会所属病院ボランティア・グループ代表荒野綾子
第31回 平成 9 自立の家をつくる会 代表 小佐野 彰( 障害者の自立)
第32回 平成10 クッキングハウス 代表 松浦幸子 (ボランティア活動 知的障害者のレストラン経営)
第33回 平成11 明るい老後を考える会 代表 竹内とき江 (ボランティア活動 高齢者 に対する給食サービス)
第34回 平成12 東京医科歯科大学犯罪被害者相談室 代表山上 皓 ( 犯罪被害者支援)
第35回 平成13 東京YWCAケアサポート 代表 林崎光子 (介護)
第36回 平成14 キッズエナジー 代表 大川原千代子 (難病児童支援)
第37回 平成15 地域ST連絡会・失語症会話パートナー養成部会 代表 田村洋子 (失語症会話パートナーの養成)
第38回 平成16 発見工房クリエイト 理事長 橋本静代(青少年に科学の面白さを体験させる施設の設立、運営)
第39回 平成17 世代交流、夢のかけ橋 代表 丸山陽子(世代間交流の活動を通じ、青少年の更正、立ち直りに尽力)
第40回 平成18 NPO法人東京養育家庭の会 理事長 青葉紘宇 (親のいない子などを自分の家庭で育てる活動)
第41回 平成19 NPO法人女性のスペース「結」 代表 中村敏子 (中野区におけるDVと児童虐待防止の活動)
第42回 平成20 NPO法人わんぱくクラブ育成会 理事長 里中哲夫
第43回 平成21 えじそんくらぶ 理事長 高山恵子
第44回 平成22 ボランティアグループさつき 代表 森川雅志
第45回 平成23 特定非営利活動法人社会的養護の当事者参加推進団体 日向ぼっこ
以上
社会公益賞:贈呈式
◎ 第45回(平成23年度)
日 時:2011年7月1日(金) 12:00−13:30
場 所:法曹会館 2階 高砂
−第45回キワニス社会公益賞贈呈式―
受賞団体:特定非営利活動法人社会的養護の当事者参加推進団体 日向ぼっこ
理事長 渡井さゆり氏、理事 渡井隆行氏
授賞式

○大庭社会公益委員長より選考経過報告並びに受賞者紹介
本年度の受賞団体は日向ぼっこというNPO法人です。その理事長は渡井さゆり様です。本年度推薦された団体は13ありましたが、委員会で慎重な審査の結果選ばれた団体です。養護というのは、子どもを護り育てていくということですが、現実には親が子に先立って亡くなってしまう、親がいろいろな理由で行方不明になってしまう、子育てを放棄してしまう、子どもを虐待する等さまざまな理由によって、実際上親のない子がいます。社会ではそういう子どもを養護する制度を用意しており、現在4万人ほどの子どもがその制度で養護されています。社会養護施設のサービスを誰かがチェックしているでしょうか。家族がいなければ、誰が親身になってそういうサービスをチェックするでしょうか。そういうところで成長した若者を社会がどのように迎え入れているだろうか。これは当事者だけがわかっていることです。実は家族のないこのような若者達はいわれのない差別に悩んだり、さまざまな問題に直面しています。日向ぼっこはそのような家族のいない若者達に集まってくつろげる場を用意する、問題に苦しんでいる若者の相談にのる、社会的養護のサービスの実態を把握し、その改善を提言するという活動を行なっています。当事者でなければわからない問題を他に先駆けて取り組んできた団体です。この活動は健全な青少年を育てるために意義の大きなものです。子どもに奉仕しようという我々キワニスクラブにとりまして、称賛すべきものだと判断されます。以上、本年度の社会公益賞の受賞団体、日向ぼっこをご紹介いたしました。
日向ぼっこの活動は以前NHKの「追跡A to Z」という番組で報じられたことがあります。日向ぼっこで相談をしながら、力強く歩んで行こうとする青年の姿が描かれていました。立派な活動をされているな、世の中にどうしても生じてしまった親のない社会的養護を受けた人達をこれから先どのように育てていくのかを考えたとき、それが健全な社会の強さを持つということだと思うものですから、こういう活動がますます発展することを心より祈るものです。キワニスとして素晴らしい団体を選ぶことができたと考えています。
○会長より表彰状並びに副賞贈呈
○受賞のことば 渡井さゆり氏
このたびは名誉ある賞をいただき、ありがとうございます。先ほどご紹介いただいたように、日向ぼっこでは児童養護施設、里親家庭など社会的養護の下で生活していた人達の居場所相談事業と当事者の声を市民、行政、援助者の方々に伝える普及啓発活動をしています。昨晩も厚生労働省で社会的養護の課題等に関する検討委員会が行なわれ、当事者として意見を申し述べてきたところです。先ほどから当事者という言葉が出ていますが、私自身も子どものとき、児童養護施設、母子生活支援施設であわせて10年間お世話になりました。私自身が悪いことをしたり、過ちがあったわけではなく、私には選べなかった親が私のことを育てることができまず、親からも「あんたなんか生みたくなかったんや」と言われて育ちました。物心ついたときには施設でも、施設の職員達は仕事で私のことを育ててくれていて、私も人に迷惑をかけないようにとの義務感で生きてきました。高校まで社会的養護の下で育ててもらえたことは本当に感謝しています。私自身が生まれてきて良かった、これから幸せになろうという思いを持って社会に羽ばたけたかというとそうではなく、ここまで育ててもらったけれど、この先どこに向かって、どういうふうに歩いていけば良いのかな、どういうふうに生きていけば良いのかな、悲しいことがあったときに一緒に悲しんでくれる人もいなければ、嬉しいことがあったときに一緒に喜んでくれる人もいない、そういう人生の悲喜こもごもを分かち合う人だったり、わからないことを教えてくれる人もいない。そういう人生を何のために生きていかなければならないのか。18歳のフリーターだった私にとってとてもしんどいことでした。
私と同じような境遇の人達同士で支えあうことができれば良いなと思い、貯めていたお金で大学に行き、大学で幸運にも出会えた同じような境遇の人達とともに日向ぼっこの勉強会を始め、同じような境遇の人達が集える場所、日向ぼっこサロンを立ち上げました。そして、今は集ってくださる方々に、その人達が悪いわけではないけれど得られなかった家庭的な環境を体験していただければと日々思いながら、日向ぼっこの運営をしています。このような栄えある賞をいただくことになるとは夢にも思っていなかったので、感無量で、とても嬉しく胸がいっぱいです。
まだまだ社会的養護のことは知られていないと思います。次世代を育成していくに当たって、少子高齢社会の中で一人ひとりの子ども達が生まれてきて良かった、幸せになろう、そのことがひいては国力になると信じています。たまたま親に恵まれなかった子どもは、そのハンデを一生背負っていくという今の日本の社会の構造が改善され、どんな子どももフェアなスタートが切れるように、そのために行政に働きかけをできるだけしていますが、市民の方々の理解、支持が不可欠です。これまでの日本を支えてこられ、また今後も支えてくださる皆様方にご理解とご支持をいただき、社会的養護がますます充実することを願っています。そのために今後も活動に邁進していく所存です。本日はありがとうございました。
◎ 第44回(平成22年度)
日 時:2010年7月2日(金) 12:00−13:30
場 所:法曹会館 2階 高砂
−第44回キワニス社会公益賞贈呈式―
受賞団体:ボランティアグループさつき
代表 森川雅志、カリタスの園さゆりの寮 施設長 松田文枝シスター
授賞式

○山口社会公益委員長より選考経過報告
ほぼ毎月社会公益委員会を開催し、選考を重ねて参りました。その結果、受賞されました「ボランティアグループさつき」をご紹介します。グループの活動場所は杉並区井草にある養護施設のカリタスの園さゆりの寮です。代表の森川雅志様は現在60歳、東証一部上場エレマティック且キ行役員経理部長の要職にあります。大学在学中よりボランティア活動を通じて社会に貢献したいという思いが篤く、同じ思いの5人の仲間と養護施設のカリタスの園さゆりの寮で生活している親との縁の薄い子ども達の力となり、支えとなることを目指して活動を開始し、35年の長きに亘ってボランティアの仲間と変わらぬ熱意で活動をされています。さらに子ども達が施設から育った後もアフターケアを続けるなど強い絆で結ばれており、森川様にとっても支えの一つとなっています。体の許す限り続けていきたいと熱意を燃やしておられます。一方、施設側も森川様、同ボランティアグループの活動を高く評価し、なくてはならない存在と感謝されています。活動場所はキリスト教カトリック系の児童養護施設ですが、たまたま森川様や仲間の自宅の近いということで、特に宗教的な背景はないそうです。
ボランティアグループさつきのメンバーは20〜30名、全体の6割が女性、学生、比較的若い社会人が中心で卒業、転勤等で入れ替わりが激しく、毎年補充しています。立ち上げ当時のメンバーで残っているのは森川様だけです。子ども達の自立心を育むために一人の子どもを一人の大人が1年間担当するマンツーマン方式で活動を行っています。毎週火、木、土の午後6時から9時ごろまで施設で子ども達の学習指導、話し相手となる他、毎年のサマーキャンプなどの企画、実施など全てボランティアグループの人達の自腹で賄っており、援助は受けていません。施設の子ども達が施設を巣立った後も、就職の世話、進路相談など親代わりの役割を担うことも多く、森川様と巣立った子どもとの年齢差が10歳というような方ともいまだに付き合いがあり、とても固い絆で結ばれています。
○北里会長より表彰状、副賞贈呈
○森本雅志さんより受賞のことば
本日は素晴らしい賞を頂戴し、誠にありがとうございます。お礼の意味を込めて私どもの活動の一端を紹介させていただきます。私が36年前にグループをつくったときは、ただ単に子どもが好きだったからです。子どものために何かをしようと、当時は養護施設が何たるかも知らず、電話帳で施設を捜した結果、さゆりの寮と出会いました。当時は若く、血気盛んで福祉も勉強したわけでもなく、素人の私が今考えると赤面するようなことを話しましたら、快く受けてくださり、ありがたく思います。それがなければ、このように長く続かなかったと感謝しています。 社会に出てからがお手伝いしていかなければならないという気持ちを持っていましたので、卒園後の子ども達とつながりを持つ活動をしています。私には2人の子どもがいますが、卒園後の子ども達、孫がたくさんできました。命の続く限りお手伝いをしていきたいと思います。最近困ったことがあります。一つは6,7割が若い女性でなかなか話があわず、溝があって苦労していることです。もう一つは後継者がいないことです。これからも施設の方のご協力をいただきながら、子ども達のためにがんばりたいと思います。本日はありがとうございました。
○松田文枝シスターより一言
本日は素晴らしい集いにお招きいただき、光栄に存じております。児童養護施設は家庭にいろいろな問題をかかえている子ども達、家族と一緒に生活することが出来ない子ども達、2歳〜18歳の子ども達をお預かりしております。この子ども達の生活の全般を支援しております。今虐待が増えています。子ども達は自分の親との基礎的な対人関係が確立していないために、その後の人間関係にもギクシャクし、キレやすく、いろいろな問題をかかえています。その関係を取りもどすために、周囲の大人が日常生活の中で細やかな関わりを持たなければなりません。国の職員配置が満足ではない状況の中で、私達は支援させていただいています。森川様達のグループのお手伝いはなくてはならいありがたい存在です。子ども達との1対1の関係を築いていくためには、6対1の職員では不可能なことです。ボランティアグループさつきの皆様がお手伝いくださり、いろいろな行事を私ども職員と一緒になってやってくださっていることを力強く思っております。ボランティアグループさつきを本日表彰していただいことは、私どもさゆりの寮にとっても、職員も子ども達も諸手を上げて喜び、感謝をしているところです。子ども達を最優先という旗印をかかげて活動している皆様方の活動を力強く感じております。子ども達一人ひとりが一人ではない、多くの世界の人々、日本の人々、東京キワニスの方々が支えてくださっていることを、子ども達は自分達の生きる力としてこれからもこれを支えに生きていけるのではないかなと思います。この子ども達は今は社会的な養護を受ける立場にありますが、長じて社会に貢献できる人材に育って欲しいと願っています。ボランティアの方々の存在を子ども達に折りある毎に伝えています。今日帰りましたら、皆様方の大きな支えを伝えたいと思います。これからも子ども達を支え続けていただきたいと思います。皆様方の活動のますますのご発展を祈念して、感謝の言葉とさせていただきます。
◎ 第43回(平成21年度)
日 時:2009年7月17日(金) 12:10−13:30
場 所:法曹会館 2階 高砂
―第43回キワニス社会公益賞贈呈式―
授賞団体:えじそんくらぶ 理事長 高山恵子氏、井手籠栄理子氏
授賞式

○山口社会公益委員長より選考経過報告並びに受賞者紹介
今年度の社会公益委員会では東京都のボランティアセンター、東京都福祉保健局並びに当クラブ会員のご推薦による20の候補の中から、今回は子どもに対する応援活動をターゲットに絞り、選考を重ねました。最終的に絞った4候補のもとに高橋淳三副委員長と訪問し、実際の活動を見聞した状況を委員会に持ち帰り検討し、最終的にNPO法人えじそんくらぶに決定し、役員会で承認されました。
えじそんくらぶ理事長の高山恵子さんは1959年東京都出身、昭和大学薬学部を卒業後、10年間英国塾を経営し、1995年教育学を勉強のためアメリカのトリニティ大学の大学院に留学、帰国後、臨床心理士として養護施設、保健所、養護学校などで本格的に活動を開始しました。その活動の中で1998年にADHD、徐々に社会問題になっている注意欠損、多動性障害を持つ子どもの母親との教育相談を行ったことをきっかけにADHDを持つ人たちとその家族、教師、専門家への支援と連携を強化することの必要性を痛感され、本格的活動を始めました。同じ昭和大学の卒業生の仲間と一緒に2002年1月にNPO法人を立ち上げました。豊かな個性の一つとして長所を伸ばし、弱点を克服できるように支援していくことをターゲットとしました。全国的に展開され、1400名が会員としてこの活動をサポートしています。
○川ア会長より表彰状並びに副賞贈呈
○高山恵子理事長より受賞のことば(パワーポイントを使って説明、資料配布)
本日は大変貴重な賞を頂戴いたしまして、心より感謝いたします。ありがとうございました。ADHDという障害はなかなかわかりにくく、まだ多くの方に知られていない状況です。10年間地道に活動してきて、このような賞をいただいたことは初めてです。全国で頑張っている会員の励みになります。
えじそんくらぶという名前は、実はエジソンにもADHDという障害があったのではないかと言われています。とても破天荒で小学校では好奇心が強く授業中は質問ばかりしていたということで中退したそうです。集団行動が難しいが、ひらめきが多く、才能もあるが、良いサポーターに出会えれば、才能として開花します。5%くらいいると言われていますが、なかなかわかりません。
坂本竜馬、ヘミングウェイ、ロックフェラー、トットちゃん、モーツァルトもADHDがあったのではないかと言われています。特徴として集中できない、多動、雄弁の3つがコントロールできないことで、集団活動ができないなどが挙げられます。えじそんくらぶのモットーとしてプラスの視点を大切にしています。集中できないということは、ひらめきと創造力があるということです。ルールを守れないということは、前例のないことにクリエイティブなことができるということです。創造力を必要とする職場に多いと言われています。衝動性も良いことに使えば、実行力、行動力ということなので、ベンチャー企業や社長に多いと言われています。以前は障害と言われていませんでしたが、最近そういう子ども達が苦労しているからサポートしなければいけないと言われるようになりました。
アメリカでは30年ほど前からこういう子ども達の支援を行なっています。日本では法律が整っていなかったのですが、ここ3,4年で状況がぐっと好転しました。議員立法で発達障害者支援法を通していただきました。アンバランスがあっても良い方とめぐり合えて、ダメだと言わずに良いところを見つければ、十分プラスに活躍できる人達です。誤解から生まれるトラブルとしては、うっかり忘れることが多く、約束を守れない、集中力がないので、人の話を聞かない、わがまま、大切なものをなくすので、責任感不足と言われたり、だらしがなかったりして、非常識、横柄、無礼と言われたりします。そういうことが生まれつきできない子が最近5%はいることがわかりました。
「育児ストレスを減らす3つのヒント」という冊子をジョンソン・エンド・ジョンソンから助成金をいただいてつくりました。こういうものを提供することにより、ストレスを減らし、子育てを楽にしましょうと提案しています。親はお金を出して講演を聞きにくることはなかなかできないので、大切なことは無料で提供することだと思います。こういう講座を無料で提供するためには、工夫が必要です。サポーターが増えれば十分活躍できる人達です。ADHDの人でも大学教授、弁護士、研究者の方もいらっしゃいます。幅広くいろいろな情報をお伝えして、多くの方に知っていただきたいと思い活動してきました。今後も無料提供したいと思っていますので、皆様方のご支援はとても嬉しいです。さらに冊子を多くの方に配布することができ、講座を提供することにより、救われる方が広がっていくと思います。
理解者・支援者を増やすために、いろいろな活動をしています。親が変われば、子どもも変わりますから、親支援もしています。アンバランスのある子ども達ですが、アンバランスのまま育てるという発想があって良いと思います。得意なところで誰かを助け、苦手なところは助けてもらうという互いにサポートしあう地域つくりが、これをきっかけにできたら嬉しいなと思っています。本も書かせていただいていますし、支援者が広がり、今回いただいた賞の影響力は大きいものがあります。地道にやってきたことが認められて嬉しく思います。本日はありがとうございました。
◎ 第42回(平成20年度)
日 時:2008年7月18日(金)12:10〜12:30
場 所:経団連会館9階 クリスタル・ルーム
―第42回キワニス社会公益賞贈呈式―
受賞団体: NPO法人わんぱくクラブ育成会
理事長 里中哲夫氏 近藤すみ子氏
授賞式

○小山田委員長より選考経過報告並びに受賞者紹介(活動内容配布)
今年度は皆様のご協力をいただき、新たに10グループご紹介をいただき、過去のものを含めていろいろと検討させていただきました結果、NPO法人わんぱくクラブ育成会という知的障害児のケアをしておられる団体を委員会として推薦させていただき、役員会で承認され、今日の表彰式になりました。
このグループについてはお手元に資料をお配りしてありますので、後でゆっくりお読みいただければと思います。知的障害者の人生を少しでも豊かにしたいということで、20年の長きに渡って親御さんのご協力をいただいたり、ボランティアやアルバイトの方々の助けを得てケアをしていらっしゃいます。私も先日子供を預けている親御さんと話す機会があり、家にいるときと、施設のときとでは子供の表彰が全く違うと言っていました。親御さんにとってもこの働きを感謝しておられます。公的な援助も受けておられますが、資金的に苦労をされておられます。限られた予算の中で出来るだけ子供達の人生を豊かにしたいと毎日努力をされておられます。施設の中でのプログラムを拝見させていただきましたが、皆さんいろいろ工夫をして、子供達の潜在的なものを引っ張り出せるようにしながら、ご苦労させている姿を見て胸を打たれました。私達の表彰はささやかなものですが、頑張っておられる方々の励みになっていただければありがたいと思っています。先般の青少年教育賞でも障害児のために働いている学生の方々が表彰されましたが、私達の身近なところで、たくさんの障害を抱えたご家族が苦労させていることがこういう機会を通して知らされますが、私達の日常生活においても、そういう方々がたくさんおられる、そういう人達のために働いている方々がおられることを心に留めて行きたいと思っております。
○吉江会長より表彰状、副賞の贈呈
○受賞のことば
○里中哲夫理事長より受賞のことば
皆様は学童保育の活動をご存知でしょうか。共働きの子供達、東京では小学3年生までの放課後の活動を保障しているところです。最近は、放課後に怪しい事件がいっぱいあり、親が共働きでなくてもそういう場が必要ではないかということも出て来ました。24年前、私も共働きでしたので、知的障害のある子供を学童クラブに入れました。しかしながら小学3年生より後をどうしたものかとずっと思いあぐねておりました。そうする中で、6年生までは一緒に過ごそうという動きが始まり、その中に私の子供も入って活動しました。普通の子供は小学校が終わると、学童保育は必要なくなりますが、私の子供のためには中学生になっても必要だと思いました。その後、私たちの活動は紆余曲折を経て、指導員の近藤と一緒に「障害児の放課後を豊かに」をスローガンにして障害児だけの学童クラブ「わんぱくクラブ」を始めました。彼らは障害を持つが故に、誰かと約束をして遊んだりすることができません。遊びも誰かが支えなければなりません。いっぱいニーズはあるのですが、先立つものはお金で、初期のころ会員7,8人でやっていまして僅かなお金しかありません。家賃や光熱水費を払った後の僅かなお金で近藤をアルバイトとしてしか雇えませんでした。そんな中、私たちと同じような活動をしているところが都の補助金をもらっているという情報を得て、見学に行き我々ももらうために運動をすることにしました。何年か後に借金をしてちゃんとした場所を借り、漸く区からの助成金をもらえることになり、一人職員を雇うことが出来、仲間も増え始めました。
現在では学齢児「わんぱくクラブ」が20人定員で2箇所、幼児のためのデイサービスが1箇所(20名)、社会人のグループ「ひかり」は、現在35名で近い将来50名になります。現在の私共の一番の問題はこの社会人グループにどこからも援助がないことです。私達は細々とした歴史の中で何度か勇気を出して飛んで現在までの歴史を創ってきました。「ひかり」の施設が老朽化のために出て行かなくてはならなくなり、家賃が倍以上もするところに引っ越しました。このことでパワーが出て、世田谷区に場所を提供してほしいと働きかけています。
人数で言うと、約90所帯が参加している小さな運動ですが、探し出して表彰していただき、大変光栄に思っております。表彰されるのは初めてのことでして会員とともにこの受賞を喜びたいと思います。今日はありがとうございました。
◎ 第41回(平成19年度)
日 時:2007年7月20日(金)12:10〜12:30
場 所:経団連会館9階 クリスタル・ルーム
―第41回キワニス社会公益賞贈呈式―
受賞団体:NPO法人女性のスペース「結」
代表 中村敏子氏、副代表 小金澤孝子氏
授賞式

○小山田社会公益委員長より選考経過報告
今年度は皆様から推薦をいただきました幾つかのグループ、以前ご推薦いただきました中からも掘り起こして検討を重ねて参りました。今回表彰されますNPOの「結」は2年前に最終選考に残られたグループです。何回かお話を伺いながら選考を進めて、キワニスの現状の活動目的と照らし合わせて、「結」が今年の社会公益賞に相応しいと委員会で決め、6月の役員会でご承認いただきました。
NPO「結」は団体としてのスタートは2001年と日は浅いが、前身の活動を含めると約20年、地道な活動を続けておられます。「DVと児童虐待のない中野を皆の手で」をスローガンに中野区を中心に活動しておられます。主な活動はDVの被害者の電話相談です。約10名が仕事を持ちながら週2回電話相談を受け、被害者の支援に当たっています。DVは児童虐待防止法の中で心理的な虐待に位置づけられています。初めはDVの被害者の支援に当たっていましたが、DVは児童虐待の問題と切っても切りはなせないと、最近は児童虐待の問題にも力を入れて活動しておられます。DVを受けた家庭の子どもの8割が、成長して同じようにDVを繰り返すという状況になっています。
根本的にそういうことを起こさせない環境をつくって行こうと地道な活動をしています。電話相談の他に講演会、ビデオ上映、研修会、JR中野駅のガード下で年3回パネルを展示して中野区民に呼びかけたりしています。その中でのご苦労は現実を正しく受け止めてもらえるのだろうか、自分達が伝えているメッセージが正しく理解してもらえているのだろうかと腐心しておられます。手づくりのパンフレットの配布もされています。シェルターも運営されています。経済的な負担も大変で、約10人の活動に80人ほどのサポーターがいますが、運営費に苦労されているようです。
キワニスのモットー「世界の子どもに奉仕する」と、3年ほど前から児童虐待防止に取り組んでいることを総合的に勘案して、「結」の地道に活動に報いたいということで今回の受賞となりました。
○受賞のことば
・代表 中村敏子氏
このたびはこのような名誉ある賞をいただきまして、本当にありがとうございます。経団連会館に初めて足を踏み入れました。日頃私達がしていることからとてもかけ離れたところにいらっしゃる方達のところで、名誉ある賞をいただけるなんて夢にも思っていませんでした。6月に賞をいただけるとの連絡を受け、スタッフ一同とても喜び、励みとなりました。今までに表彰されたことは小学校で健康優良児賞以来のことで、しかも、私だけでなく、スタッフ全員でもらえたことがとても嬉しく思います。
「結」の活動については、今、小山田さんからお話いただきましたので、おわかりいただけたかと思いますが、簡単にご報告させていただきます。
女性のスペース「結」という名前になってから今年で6年目です。その前にフェミニストセラピー「結」 という名前で約20年活動しています。「DVのない中野を皆の手で」というスローガンを掲げたときに、男性の年配の方々からDVって何と言われ、ドメスティックバイオレンスだと説明し、話して行くうちにDVDになったりしたこともありました。2001年にDV防止法が出来、警察もDVに関して責任を持ってフォローするという法律でき、急速にDVという言葉が一般化されました。女性への暴力がなくなれば、子どもへの虐待はなくなるし、子どもへの虐待がなくなれば、女性への暴力はなくなるという裏表の関係ではないかと、実際に相談を受けたり、講演した中で実感しています。主に中野の地域の中で、週2回電話相談を受けています。電話相談も地域の中で始まりましたが、フィリップ・モリス社が助成金を出したフリーダイヤル、全国共通ホットラインに加入したことにより、全国から電話を受けるようになりました。昨年は約160件、今年は今の時点で既にその数字に越えるくらいになり、増えて来ています。「結」の特徴でもあり、中野駅のガード下で定期的にパネルの展示をしています。昨年、東京都のウイメンズプラザから助成金をいただいたので、今年の展示は子どもに対する虐待のパネルを追加しました。
私達と一緒に活動している朗読劇の「言の葉」が8月3日のキワニスの会で、朗読劇をさせていただきます。「言の葉」と一緒に活動をしていることは意味があると感じています。講演だけだと皆様にわかっていただけない部分があり、それは特別なこと、特殊なことで、一般的なことではないと思われるところがありました。朗読劇を通して皆様の中にすんなり入り、身近な問題として考えてもらえるようになって来たように感じています。今年はこの賞をきっかけに助成金がいただけるようになり、講演会や会員の方々の感謝ためのコンサートを11月に企画したり、行事が目白押しです。ほとんどのスタッフは仕事をしながら、活動をしています。両立は難しく、ジレンマになっています。もう一歩進もうというときに、時間的に無理だったりして、進めないこともあります。仕事もし、ボランティアもするというのが私の信条です。女性の場合、ボランティア活動だけになることもありますが、両方ともバランスをとりながら活動して行くことが、人間として生きて行くことだと思います。アメリカなど活動を見ていると仕事を持ちながら様々なボランティア活動をしています。そういう活動が広がって行くと良いなと思います。本日はありがとうございました。
・副代表 小金澤孝子氏
今日は本当にありがとうございました。このたび賞をいただき、仲間達の励みになります。皆、身銭を切って運営しておりますので、仕事と活動の両立は大変で、このように表彰していただくと、これから先もがんばろうという気持ちになります。電話が増えたことを聞いて、DV問題がたくさん出てきて良いことではないとお感じになった方も多いと思います。今まではそういうことは人に言ってはいけない、人に相談してはいけないというところがあり、新聞など表面に出ませんでした。しかし、DV防止法などが出来て、暴力は良くないことだということがわかってきて、私達の運動が微力ながらあり、警察も動いてくれるようになり、件数が多くなり、表面化して来ました。子どもの虐待についても子どもは健気です。自分の親の悪いことは言いません。痣が出来ていても転んだと言います。本当に信頼している大人にしか言いません。その辺を回りの大人がどうやってわかって行くかも大切な運動のひとつだと思います。朗読劇など分かりやすい表現を借りて、皆様にそのことがどんな問題になるのかわかっていただけると思います。8月3日そういう場をいただけて 本当に感謝しています。
◎ 第39回(平成17年度)
日 時:2005年8月5日(金)12:30〜13:30
場 所:経団連会館9階 クリスタル・ルーム
―第39回キワニス社会公益賞贈呈式―
受賞者:世代間交流、夢のかけ橋
代表 丸山陽子氏
授賞式

授賞者

○小坂社会公益委員長より選考経過報告
皆様からのご尽力で6件のご推薦をいただきまして、改めましてご協力に感謝申しあげます。6件のうち3件がノミネートされ、手分けをして現地を訪問させていただき、活動の状況をつぶさにお聞かせいただきました。3件とも甲乙つけがたく、委員会として選考に苦慮いたしました。今回の夢のかけ橋は次代を担う青少年の健全な成長を願い、しっかりした組織で地道に世代間交流の活動をいろいろな手立てでされ、青少年の更正、立ち直りに成果を上げて来られました。キワニスのモットーである「世界の子供たちに奉仕する」に最もフィットしているということで今回の受賞となりました。
代表の丸山陽子様は昭和16年のお生まれ、昭和62年に警視庁から少年補導員 平成2年に保護司を委嘱され、8年に東京都青少年問題協議会委員、11 年に警察大学校の非常勤講師、15年東京都の子供犯罪に巻き込まないための方策を提言する会の委員をつとめておられます。中野区の自宅を世代間交流ために開放され、シェルターを自費で借用され、現在に至っています。
○丸山陽子氏より受賞のことば
こんな幸せな気分でお話させていただけるとは思いませんでした。どういう会なのか期待をしたり、怖いと思ったりしました。先般、書物を読ませていただきましたが、本当に立派な方ばかりで素晴らしい会だとつくづく思いました。キワニス社会公益賞という重い賞をいただきまして、誠にありがとうございます。心から感謝を申しあげます。
私は中高生の居場所づくりを皮切りに14年ほど前から自宅を開放し始めました。その前から30有余年青少年問題に携わって来ました。私の子供も育てながら地域の子供たちと一緒に学び、私自身も周りのお母さん達も一緒に学んで行かなければ、この地域は良くならないと感じました。正直なところわが子には手がかかりませんでした。躾は小さいときから厳しくしましたが、ああしろ、こうしろとは言いませんでした。教育委員会から青少年委員のお役を受けてジュニアリーダークラブの子供たちを見るようになりました。当時は三無主義の子供たちがいっぱいいました。不登校や暴走族などいろいろいましたが、彼らの中身は親の愛情を受けていないことがわかりました。これは公的に何かをやってあげるというよりも、中高生の多感期になると、行き場がなくなるので、居場所をつくってあげたいと思いました。
親にあれをしなさい、これをしないとお尻をたたかれ、レールを引かれている子供には行き場がありすぎて疲れきっています。行き場のない子は放っておかれて、かわいそうな思春期を迎えていました。第2土曜日に家を開放して子供たちを受け止めようと決心しました。仲間やリタイアされ、いろいろなノウハウをお持ちの父親達に加わっていただきました。先輩方に教えていただくには世代間交流が大事です。夢のかけ橋は子供たちに夢を与える、その夢を応援するのが我々の役目だと考えました。島津久子先生が私を可愛がってくださいました。島津先生は大切なことは正しく後世に引継ぐことです。難しい時代はお互いに学び合い、超高齢になったときには大人も子供も一緒に助け合わなければならないので、生涯学習、一緒に学び合ってくださいと教えられました。
悲惨な子がたくさんいました。自殺を3回試みた子供が我が家に来て、こんなに温かい気持ちになれたことはないと言い、本当にリーダーになり、今ではバリバリ働いています。その子達は育って、現在、子育て中です。第2土、日は我が家を開放し、第2、第4日は児童館を開放しています。第4土曜日は安全安心教室でいろいろなテーマで勉強会をしています。
真面目の一歩という図書カードをプレゼントしたいと思います。(メルシーに寄付いただきました。)本日はありがとうございました。
◎ 第38回(平成16年度)
日 時:2004年7月16日(金)12:30〜13:30
会 場:経団連会館9階クリスタル・ルーム
―第38回キワニス社会公益賞贈呈式―
受賞団体:発見工房クリエイト
理事長 橋本静代氏
授賞式

授賞者

○川ア社会公益委員長より選考経過報告
新年早々から会員各位に候補者の推薦をお願いし、集まって参りました候補につき委員会で選考作業を進めました。それと同時に木全副会長のご足労をお煩わせして、皆様の支持が高かった複数の候補のところを実地見学と、代表者やメンバーの方々とのお話し合いをさせていただきました。そして絞込みましたのが本日社会公益賞を受賞されることになりました発見工房クリエイトの橋本静代先生です。心から祝意を表したいと思います。その活動については後ほど先生からお話があろうかと思います。
主だった事業を紹介すると、@ミニ科学館、Aおもしろ実験教室、B科学対話です。木全副会長のお供をして現地を訪問させていただきましたが、川崎市麻生区にある多摩丘陵の山ろくの小さな丘の上にあります。1階が実験教室、2階が実験装置、器具などがびっしり並んでいました。ほとんどが手作りです。庭には科学の不思議さを子供に体験させるような科学遊具が設置されていました。決して交通の便利なところではありませんが、2時間以上もかけて子供達が集まって来るということは、それだけ吸引力のある施設だということだと思います。先生にお伺いしたときに印象に残りましたことをお話したいと思います。先生は東大をご卒業後、宇宙航空研に勤務され、その後ながらく東海大学で先生をされておられました。学生達を見て先生が感じられたことは、知識偏重教育と申しますか、これがもたらす弊害ではないでしょうが、思考能力、物を考える力に欠けるきらいがある、一方 知識偏重教育ではおきざりにされるような自分でじっくり考えるタイプの子供達が、中に入ってから伸びることがよく見られるので、教鞭をとっている中でぜひとも考える楽しさ、発見する喜びを与えるような指導をしてみたい、子供達の創造力を伸ばしたいという構想を暖めていらっしゃいました。
平成7年に大学を定年退職され、退職金をすべて投じて発見工房クリエイトを創立されました。10年近く大変なご苦労を重ねながら事業を進めて来られました。希望者が多く、小さな工房なので収容する能力がありません。そこで、インストラクターを育てることになりました。これに川崎市が支援することになり、指導者も少しずつ増えて来ました。この指導者達が先生の意を継いで、神奈川県内にとどまらず各地で実験教室を開いています。こういったご努力に対して深く敬意を表するものです。私たちが訪問したときに先生が述懐されたことは、年も年だし疲れましたというお言葉がありました。しかし、先生がお播きになった種は確実に広がっていますし、発見工房クリエイトの輪は県内外に少しずつ着実に広がっていると思います。今回の受賞を契機とされまして、もう一踏ん張りこういった創造力の豊かな子供を育てるべくご努力の程お願い申しあげて私の報告としたします。
○橋本静代氏より受賞のことば
このたびは思いもかけずにキワニス社会公益賞をいただくこととなり、大変光栄なことと喜んでおります。ありがとうございます。 発見工房クリエイトは現在NPO法人ですが、その前身は私が30年近く勤務しておりました大学を退職したときの退職金で子供のための小さな科学館を建てたことが始まりです。私事で恐縮ですが、私は研究と教育に携わりながら3人の子供を育てて参りました。その人生の前半で最も苦悩してエネルギーの大半を費やして来たのは自分の子供の不登校でした。10年ばかりそのことを考え、あらゆる手を尽くして来ました。幸い自分の子供については解決の兆しが見えてきましたが、不登校児はその後増加を続けて、今日では大きな社会問題になっています。なぜこんなに不登校児が増えるのかいろいろな見解はあると思いますが、一番不幸なのは不登校せざるをえない状況にある子供達自身です。今現在こうして悩む子供達がたくさんいることに私は手をこまねいて見ていることができませんでした。定年後の人生はこの子達の目に輝きを取り戻し、夢中になるような場をつくりたいと、私にエネルギーが残っている間はそれに投入してみたいと思いました。私が子育てしていたころから考えていた科学遊びを実現することでした。子供は体を動かして遊ぶことが大好きです。思いっきり遊びながら科学の不思議に惹かれて行くような遊具をつくりたいと前々から考えていました。それがメビウス帯のわたり棒です。よじ登りながら不思議だなと思うようなものを考えていました。共振ブランコ、クラインの壷のアスレチック、回転ステージ「コリオリ」、フーコー振り子のブランコ、ポテンシャルすべり台なども考えました。遊びながら体験し、ポテンシャルは物理的には興味深いものですから、後々に習ったときに理解が早いのではないかと思いました。前々からこのような遊具を考えていましたが、つくってくれるところがなく、とうとう定年になるまで実現することはできませんでした。定年になって自分の土地に小さな家を建て、子供達が伸び伸びと遊べる場をつくりました
子供達に実験をさせたいとおもしろ科学実験教室を開くことにしました。この教室は知識の詰め込みではなく、あくまで科学の考える楽しさ、自ら発見する歓びを子供達に知ってもらおうとするものです。一人ひとりの独創力を伸ばすことを第一にしてやっています。1995年12月にミニ科学館を建てたのが始まりです。当時、学習と言えば受験が目標と考えられていましたから、受験とはまったく縁がないこの教室に中学生が集まるか心配でした。また、場所は辺鄙なところですが、交通が激しく子供が来るには危ないようなところで心配でしたが、新聞に掲載されたので、最初から定員の2倍を越すほどの応募者が集まり、こちらの方が驚きました。そのころは熱心な学校の先生がおもしろい科学実験を工夫してされていましたが、そういう先生達は学校ではあまり評判の良い先生ではなかったようです。受験に関係のあることをやってくれと言われたり、親達からも喜ばれなかったようです。そういう先生達が協力して一緒にこの教室をやりました。その先生達もこの教室に子供達が来るかどうか心配していましたが、多くの子供が集まったということは、こういうことを希望している親も多かったということもわかり、非常に励みになりました。こんな教室ができるのを待っていたとか、絶対にやめないでくださいと励まされ、何とか続けて来ました。ここへ来る子供達の目は輝いていました。一度来るとおもしろいので、休まずに来てくれます。10時から夕方5時まで一つのテーマで実験をしました。長い子は5年も続けて来ていました。中には不登校の子供もいて、ここへ来ているときは元気で率先して実験をやっていました。スタッフ達はその子が不登校だとは信じられませんでした。その子は中学3年のときに自分に合う高校に行きました。むしろ不登校の子供達は科学が非常に好きで、優れている子が多いと思います。今の状態ではそういう子供は学校でいじめを受けて行かれなくなったりする状況があるようです。
1999年9月に発見工房クリエイトがNPO法人になりました。小中学生を対象とする科学実験工作教室を企業とのパートナーシップで行うようになり、数百人の子供を対象にして実施したり、地域の行政との共同イベントを実施したりして急速に広がりました。特に小学生の参加希望者が急増し、2001年になると、実験教室の予定は募集開始すると10日で1年分の予定が一杯になり、もっと教室を増やして欲しいという要望が非常に強くなりました。一つのNPO法人だけでは対応できなくなりました。科学技術創造立国を唱える日本の次世代の担い手育成にとっては好ましい傾向になってきたのですから、行政とNPOが共同して取り組んで行かなければならない問題だと考えました。
さらに市民のパワーも必要となることを強く感じておりましたので、行政に提言して一般市民を対象とする子供の科学体験活動指導者養成研修会を実施し、指導者を大量に増やして市民の手で行政と共同して子供達を育成していく体制をつくっていくという提案をしました。まず川崎市がそれを取り上げ、2002年度から予算につけてくれました。川崎科学塾の中に次世代の科学技術の担い手の育成を入れて、始まり、今年で3年目に入りました。昨年はその修了者達が市民団体を立ち上げ、市内の子供達に科学のおもしろさを知らせるためにボランティア活動を積極的に行っています。研修会に参加した人達は科学技術関係の仕事に携わっていた技術者、教員などの退職者、主婦、大学院生、現職の教員、その他様々な有能な方々です。これらの人達のネットワークで地域の子供達に科学のおもしろさを知らせる実験工作教室などを数多く行い、大きく普及に努めています。子供の理科離れが考えられないくらい科学実験教室の実施依頼がたくさん寄せられるようになって来ています。これからもどんどん活動を広げて参りたいと思っております。本日はこのような活動を評価していただき、社会公益賞をいただくことができましたことを深く感謝しております。
